『希望を描くように』
大人になると、
誰かが注意してくれるのは
「見えている部分だけ」で、
見えない心の部分は
見えないだけあって
自分で修正しなければ
ならないはずだけどね。
でも、
ほとんどの大人は
誰もそんな事
しないからね。
自分は悪く無い。
被害妄想。人のせい。
反省なんてしないの。
「私は忙しいの」と
また今日が過ぎていく。
自分の事で
みな精一杯。
そのうち、
自分ができないくせに
人へ要求し始める大人の多いこと。。
(だから、
大人達はクソなんだと
思われるのだよ。)
自戒を
(自分で自分をいましめる)
しなければ、
どこまでも感情が
行ってしまうよ。
それが習慣に
なってしまって、
優しさも見えないし
不快さしかうつらないよ。
(世界観)
何も無くても
「負」しか連想されなくなる。
思考のクセでもあるし、
辞めようともしないから
過去ループや
思い出し怒りが
定期的に出てくるよ。
(あのやろこのやろと。。)
気分転換や
好きな事で
脱出できたきみもいる。
この時点において、
とても神経が楽に
なったと思う。
けど、
やっとココが
スタートラインで、
このまま
楽してないで、
『希望を描くように』しなければ
希望は掴み取れない。
きみの
希望や夢は何か?
これは
きみの心に
聞く事だ。
他人に聞いたり、
金勘定で決めるのは
きみの心ではない。
(この考えがある野郎は
常に偽物だ)
希望や夢とは、
どこか
ぶっ飛んでないと
燃え上がらない。
きみの
既成概念を
超えて
初めて、
希望や夢なのだから。
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ありがとうございます!